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―スピンオフ― 潔白・純愛 『赤坂成人・川井久実編』54

last update Last Updated: 2025-01-23 10:51:08

久実の家に着いたのは二十一時を過ぎたところだったが、ご両親は快く中に入れてくれた。

L字に配置されたソファーに座って話を聞かせてもらう。

移植しないとあと半年くらいしか生きられないことを知った。

「子どもであれば比較的募金は集まりやすいのですが……。いや、それでもものすごく大変なんです。久実は、もうすぐ二十五歳になるのでなかなか集まらないのが現実なんです」

悲しそうな顔をした父さんの顔を見られないくらい、俺も悲しかった。

「あと、どのくらいなんですか?」

「七千万です。……もう、無理かもしれません」

「お父さん、そんなこと言わないで」

母親も涙を浮かべていた。

一日も早く移植をしてほしい。

ここで俺が出るところじゃないかもしれないが、居ても立ってもいられなかった。

「俺が残りを出します」

「……そんな大金、返せないです。何年もかかりますし」

父さんは慌てている様子だった。

俺がそこまで言うとは思わなかったのかもしれない。

「事務所の力を借りて募金活動をすればいいかもしれませんが、会議をかけてもらってもやってもらえるかわからないし、時間がかかりすぎます。俺は一日も早くアメリカへ飛んでもらいたいんです」

ソファーから立ち上がった俺はゆっくりと床に正座をした。

久実を失うと思うと、怖くてたまらない。

男のくせに涙があふれて唇が震え出す。

「お願いします……。三日で用意するので、久実さんを助けてください」

深く頭を下げると、久実の父さんは慌ててソファーから降りてきて、俺の肩をつかんで体を起こした。

目が合うと父親も涙を浮かべている。

「力ない父親で情けない。少しずつでも返しますので久実を助けてください」

「よろしくお願いします」

母さんも頭を下げてくれた。

「はい。ただ、久実さんには言わないでください。俺が出したと知ったら行かないって言うかもしれないので。気を使いすぎる、いい子だから……」

俺は家に帰るとマネージャーに連絡を入れた。

「どんな仕事でもやるから、とにかく仕事取ってきてくれ」

『え……はぁ。事務所の許可が降りる範囲であれば』

「いいから、わかったか?」

二日後に俺は金を振り込んだ。

久実が助かるなら何だってする。

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